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「猫は左を下にして寝る」説は本当か|2025年に話題の研究と2026年の再検証、寝姿から本当に読み取れること

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「猫は左を下にして寝る」説は本当か|2025年に話題の研究と2026年の再検証、寝姿から本当に読み取れること

「猫は左側を下にして寝る」。2025年の夏、この話がSNSやニュースサイトを駆けめぐりました。元になったのは、Current Biologyという一流誌に載った短い論文です。YouTubeの動画を分析したところ、猫の約3分の2が左を下にして眠っていた。左を下にすれば左の視野が開けるので、脅威の処理が得意な右脳がすぐ働ける。つまり猫は眠りながらも身を守っている、という筋書きでした。ところが、この話には続きがあります。2025年10月、同じ論文に正誤表(Erratum)が出ました。そして2026年、別の研究者が3つの異なる方法で調べ直し、「左右の偏りは見つからなかった」と報告しています。この記事では、何がどう争われているのかを一次資料で追いかけたうえで、飼い主にとって本当に役に立つ結論を整理します。先に言ってしまうと、それは「寝る向き」ではなく「いつもと違う寝方」です。

発端:2025年6月、Current Biologyに載った2ページの論文

話の出発点は、2025年6月23日にCurrent Biologyへ掲載された「Lateralized sleeping positions in domestic cats(イエネコの側性化した睡眠姿勢)」という短報です。筆頭著者はSevim Isparta氏、最終著者はOnur Güntürkün氏で、ドイツのルール大学ボーフム、カナダのプリンス・エドワード・アイランド大学、トルコのアンカラ大学などの共同研究。掲載は35巻12号R597-R598、DOIは10.1016/j.cub.2025.04.043です。

Isparta Sほか「Lateralized sleeping positions in domestic cats」Current Biology 35巻12号R597-R598(2025年6月23日)。要旨には「3分の2の猫が左向きの睡眠姿勢を好み、左の視野、ひいては右脳に、自分の体に遮られずに近づいてくる動物を見る特権的な視界を与えている」という趣旨の記述があります。出典:Europe PMC

何をどう調べたのか

方法はシンプルです。YouTubeで「sleeping cat」「cat nap」「napping cat」の3語を検索し、条件に合う動画を集めて、猫が左右どちらを下にして寝ているかを数える。条件は、猫が1匹だけ写っていること、頭から後ろ足まで全身が見えていること、体の片側を下にした全身の睡眠姿勢であること、その向きが10秒以上変わらないこと。低解像度・遮られている・重複している・加工されている(鏡像やセルフィーなど)動画は除外する、とされていました。

当初の発表では408本が分析対象となり、266匹(65.1%)が左を下に、142匹(34.8%)が右を下にしていたと報じられています。

ITmedia NEWS(2025年7月1日)は、YouTubeから408本の動画を選別したこと、266匹(65.1%)が左向き・142匹(34.8%)が右向きだったこと、猫が生涯の約60〜65%を無防備な状態で過ごすことを紹介しています。出典:ITmedia NEWS

なぜ「左」に意味があるとされたのか

論文の理屈はこうです。睡眠は動物にとってもっとも無防備な状態で、外界への警戒が大きく下がります。イエネコは捕食者であると同時に被食者でもあり、しかも1日平均12〜16時間眠るので、生涯の約60〜65%を無防備な状態で過ごすことになります。だから猫は高い場所で休むことを好む、というのが前提の説明です。そのうえで著者らは、寝る向きにも同じ理屈が働くのではないかと考えました。哺乳類では右半球が脅威の処理に優位で、多くの種で左側から捕食者が近づいたときのほうが反応が速いことが知られています。右半球は空間的注意にも優位で、恐怖の処理では右の扁桃体の関与が大きいという報告もあります。左を下にして寝ていれば、目覚めた瞬間に左の視野が開けているので、右半球で素早く処理できる。これが「左向き優位」の解釈でした。著者らは妊娠中のウシや前足の利きといった別の説明にも触れつつ、それらでは集団としての偏りを説明しにくいと述べ、それでも「この知見は議論の対象になりうる(subject to debate)」と自ら書き添えています。後の展開を思うと、かなり率直な留保でした。

メモ

この論文はCurrent Biologyの「Correspondence(短報)」枠に載った2ページの記事で、通常の原著論文より方法の記述量が限られます。分量の少なさ自体は問題ではありませんが、あとで見るように、この点が再現性の議論につながっていきます。

論文が出ると、報道は一気に広がりました。ScienceDailyは「Why cats prefer sleeping on their left side - and how it might help them survive(なぜ猫は左側で寝るのを好むのか、そしてそれがどう生存を助けうるのか)」という見出しを掲げ、日本語圏でも「猫が左向きで寝るのは生存戦略」という形で拡散しました。論文が書いていたのは「集団として左が多かった。右半球の脅威処理と整合的だが、他の要因も除外できない」という慎重な内容でしたが、拡散の過程で「猫は左で寝る」「それは危険をすばやく察知するため」という2つの断定に変わっていきました。

2025年10月、この論文に正誤表が出た

拡散から数か月後の2025年10月3日、Current Biologyはこの論文の正誤表(Erratum)をオンライン公開しました。掲載は35巻21号5392-5393ページ、2025年11月3日号、DOIは10.1016/j.cub.2025.09.068です。

正誤表の冒頭で著者らは、「関心を持った読者から、主要な結論の根拠となるデータをどのように収集・分析したのかについて説明を求める連絡があり、その後の議論で、研究が定めた動画データセットの選定基準に関する不整合が明らかになった」という趣旨を書いています。挙げられている問題点は次のとおりです。

問題の内容本数
「含める」と「除外する」の両方に分類されていた動画4本
投稿者名が重複し、他の動画の猫と明確に区別しにくい(独立したデータ点でない可能性)38本
10秒という最低基準より短かった動画(うち10本は短いクリップをつなぎ合わせたもの)57本
静止画を動画と誤分類していたもの1本
人との接触から始まる動画(11本)、人の体の上で寝ている猫(1本)12本

これらは重複して該当するものがあるため、除外の合計は107本になりました。あわせて、左右の割り当ての誤りが2件(左1件・右1件)修正されています。

残ったのは301本。再解析では左192匹(63.8%)対右109匹(36.2%)、カイ二乗値22.9、自由度1、p値0.001未満で、著者らは「約3分の2の猫が左側を下にして横たわるという大規模データにもとづく全体の結論は変わらない」と結論づけました。図・補足資料・本文はすべて更新済みで、現在Current Biologyのサイトで読める本文も301本の数字になっています。そして正誤表の末尾には、こう書かれています。「これらの問題を我々に知らせてくれたAndrew Cooke氏に感謝する」。

Current Biology 35巻21号5392-5393(2025年11月3日号、オンライン2025年10月3日)の正誤表。除外の内訳と合計107本、左右割り当ての修正2件、再解析後のデータセット301本と左192(63.8%)対右109(36.2%)、χ2=22.9、df=1、p未満0.001という数値、および「Andrew Cookeがこれらの問題を著者らに知らせた」という謝辞が記載されています。出典:Europe PMC / Current Biology

メモ

正誤表が出ること自体は論文の価値を否定するものではなく、むしろ科学の自己修正が機能した例です。問題は、正誤表がニュースになりにくいこと。最初の「猫は左で寝る」は世界中に届きましたが、「データの3割弱を除外して再解析した」という続報を目にした人は、ずっと少ないはずです。

2026年、3つの入口から調べ直した再検証

正誤表を促したAndrew S. Cooke氏(英リンカーン大学)は、自身でも検証を行い、2026年2月24日にLaterality誌へオンライン公開しました。掲載は31巻3号306-323ページ、2026年5月号、DOIは10.1080/1357650X.2026.2633997、タイトルは「No evidence for lateralized bias or preference in the sleeping positions of domestic cats」です。設計で興味深いのは、性質の違う3つの入口を用意したことでした。

  1. 1

    YouTubeの動画で集団の偏りを見る

    元研究と同じ3つの検索語を使い、今度はYouTubeのAPIをPythonスクリプトから叩いて取得しました。利用者やIPの履歴による検索結果の偏りをなくすためです。
  2. 2

    Redditの画像で別の材料から見る

    寝ている猫に特化したr/SleepingCatsとr/Catbun、および一般的なr/cats、r/catpics、r/Floofから画像を収集。1アカウントにつき最初の1枚だけを採用し、同じ猫が何度も入らないようにしています。
  3. 3

    Instagramで個体ごとの傾向を見る

    特定の猫のために作られたアカウントを集め、1匹あたり最低12枚の条件で寝ている写真を収集しました。ここだけは「同じ猫の複数の写真」を見るので、集団の偏りではなく個体の好みを直接調べられます。

なおCooke氏は、左右の見分けが恣意的でないことも確かめています。元研究の動画URLから判定結果だけを取り除いてランダムに並べ替え、自分で見て判定して突き合わせる半盲検の手続きで、385本での一致率は99.5%(元研究の訂正後は100%)。争点は「左右の見分け」ではなく、その先の研究デザインにあるということです。

結果:どの入口でも50対50から動かなかった

調べ方対象数左を下右を下統計
YouTube動画2,348本を選別して123本51.2%48.8%χ2=0.074、p=0.786
Reddit画像(5サブレディット)3,500投稿から494枚48.4%51.6%χ2=0.522、p=0.470
Reddit画像(丸まった姿勢のr/Catbunのみ)186枚46.8%53.2%χ2=0.774、p=0.379
Instagram(個体単位)60アカウント、1匹平均29枚平均48.8%平均51.2%t=0.836、p=0.407

YouTubeの採用率が低い(2,348本中123本)のは、アニメーション、10秒未満の動画、人と猫がふれあう動画、AI生成動画などが多かったためです。この本数でも、元研究の訂正後の効果量(Cohenのw=0.276)を検出する統計的検出力は87.3%と見積もられており、「サンプルが少なくて差が出なかった」わけではない、という主張になっています。

Instagramの個体別データでは、60匹のうち左が多い猫が28匹、右が多い猫が31匹、同数が1匹。個体ごとに二項検定のz値を計算すると、左に偏っていると言える猫は2匹、右は4匹だけで、残りはどちらでもない(両側性)という結果でした。オスとメスの差もありません(t=1.122、p=0.266)。

Cooke AS「No evidence for lateralized bias or preference in the sleeping positions of domestic cats」Laterality 31巻3号306-323(2026年5月、オンライン2026年2月24日)。要旨には、3系統のいずれでも50対50との有意差がなく、イエネコの睡眠姿勢に集団レベルの偏り・選好・側性化があるとは結論できない、反対の結果は方法論上の問題で説明できる、と記されています。出典:Europe PMC

「写真が鏡像だったのでは」という反論も潰しておく

スマートフォンのインカメラで撮った写真は左右が反転することがあります。もし材料に反転画像が紛れ込んでいたら、偏りが打ち消されるかもしれません。Cooke氏はこの可能性をモンテカルロ・シミュレーションで評価しました。ランダムに選んだ一定割合の画像の左右を入れ替える操作を、1%刻みで100%まで、各水準1万回ずつ、合計100万回試したのです。有意な左向きの偏りが現れる確率はRedditで最大4.11%、Instagramで最大8.52%。しかもすべての水準を通じて、元研究と同じ規模の偏りが現れたシミュレーションは1つもありませんでした。なおiPhone 4(2010年)以降、初代Google Pixel(2016年)以降の端末は既定で反転を補正するため、大量の反転画像が混ざる可能性はそもそも高くないとも補足されています。

何が争われているのか:SNSを材料にした研究の弱点

同じ「YouTubeの寝ている猫の動画を数える」という作業から、なぜ違う結論が出たのか。Cooke氏の論文が挙げている論点を整理します。

1匹1回の観察では「好み」は測れない

元研究は「3分の2の猫が左向きの睡眠姿勢を好む(prefer)」と書きました。しかしこの研究は1匹につき1本の動画しか見ていません。Cooke氏は、63.8%という数字が意味しうる3つの状態を並べます。(1)63.8%の猫が毎回必ず左を下にしている、(2)すべての猫が63.8%の確率で左を下にしている、(3)個体差があって平均すると63.8%になる。どれも同じ数字を生みます。だからこの結果は「個体の選好」ではなく、せいぜい「集団レベルの偏り」と呼ぶべきだ、というのが指摘です。同氏は比較として、ペンギンの側性化を1個体1サンプルで調べた研究が「1羽につき1観察しかないため個体の選好は検定できなかった」と明記していることを引いています。

そして今回のInstagram分析(1匹平均29枚)は、まさにその「個体の好み」を直接見にいった設計でした。結果は、はっきり左に偏る猫が2匹、右が4匹、残りはどちらでもない。個体の好みという意味でも、偏りは見つかりませんでした。

人が「選んで」撮り、「選んで」投稿している

どちらの研究も、飼い主が左向きの猫と右向きの猫を同じ確率で撮って投稿する、という前提に立っています。しかし実際には、人は「どう見えるか」で撮る角度を選び、投稿するかどうかを決めています。Cooke氏は、視覚芸術・写真・映画に方向性の偏りが記録されていることを挙げます。有名なのは「左頬バイアス」で、1973年のMcManusとHumphreyの報告では、女性を描いた肖像画の68%、男性の56%が左の頬をこちら側に向けていました。さらに、時計回りの図像や動きを好む認知的な傾きも報告されています。ここが効いてきます。猫の足を画面の下にして撮ると、左向きに寝ている猫は時計回りの曲線に見えるのです。

つまり、猫が左を選んでいるのではなく、人が左向きに見える構図を選んでいる可能性が残ります。これはSNSを材料にする研究に共通する弱点で、Cooke氏自身の研究にも同じように当てはまります。

「非対称な寝姿だけ」を数えている

この点も、両方の研究に共通する限界としてCooke氏が明記しています。左右がはっきりしない姿勢、ねじれた姿勢、仰向け、香箱を組んだ姿勢などは判定できないので除外されます。ところが猫の寝姿のレパートリー全体からすれば、左右がはっきりする姿勢は一部にすぎません。一部だけを切り出して数えると、そこにある効果を過大に評価してしまう可能性があります。

検索のたどり直しができるか

元研究については、検索方法の記述が再現に足りず、動画の一次スクリーニングの基準も報告されていない、という指摘も出ています。加えてCooke氏は、除外された107本が元データの26.2%にあたること、指摘した時点で23本がすでにYouTubeから消えて再確認できなかったこと、それを勘案するとエラー率は29.5%になること、そして何より、なぜ不整合が生じたのかという原因が特定されていないため残りの不正確さの程度を見積もれないことを、懸念として残しています。

注意

ここで誤解しないでほしいのは、これが不正の告発ではないということです。正誤表は著者らが自ら出したもので、Cooke氏は論文の謝辞で、議論に応じてくれた元研究の著者ら(とくにGüntürkün氏)と掲載誌のCurrent Biologyに謝意を述べています。学術的な批判のやりとりが公開の場で行われ、記録に残った。それが実際に起きたことです。

「お気に入りの場所」の効果

Instagram分析の限界としてCooke氏が挙げているのが、撮影場所の重複です。猫にはお気に入りの寝床があり、その場所では窓の向きや壁の位置の都合で、いつも同じ向きで寝ているかもしれません。同じ場所の写真が何枚も含まれれば、それは猫の脳の側性化ではなく家具の配置を測っていることになります。この点は制御されていない、と明記されています。寝床のタイプごとの向き不向きは

で整理しています。

猫の「側性化」でわかっていること・いないこと

猫に脳の左右差がないわけではありません。むしろ、ある部分ははっきりしています。2019年にLaterality誌へ発表されたOcklenburgらのメタ分析は、猫を扱った32本の研究、計1,484頭を統合しました。結果は、猫の約78%が左右いずれかの前足の好みを示すこと。しかし、人間の右利きのような集団レベルの右への偏りは、猫にも犬にも見られませんでした。一方で猫には有意な性差があり、メスのほうが右に側性化しやすいという結果です。

Ocklenburg Sほか「Paw preferences in cats and dogs: Meta-analysis」Laterality 24巻6号647-677(2019年)。猫では32研究1,484頭を統合し、集団レベルでの右への偏りは猫にも犬にも見られず、猫でのみメスが右に側性化しやすいという有意な性差が認められたと報告されています。出典:Europe PMC

つまり猫の側性化は「個体にはある、集団にはない」という形をしています。寝る向きについても同じかもしれません。個体としては何らかの傾向を持っていても、集団としてはならされてゼロになる、という可能性です。実際、寝る向きそのものについては、McDowell、Wells、Hepperによる2018年の自発行動の側性化研究(Animal Behaviour誌135巻37-43ページ)が横たわる向きに有意な偏りはないと報告していると、Cooke氏の論文は紹介しています。同じ研究グループは、段差を降りる・またぐといった動作には左右の偏りがあり、そこにオスとメスで方向が分かれる性差があることも報告しています。

Cooke氏は理屈の面からも疑問を投げています。哺乳類で側性化がはっきり出るのは、前足や手の使い方のように、複雑な運動技能や半球の機能分化が関わる課題です。睡眠はそうした技能を必要とせず、主に恒常性維持と概日リズムの機構によって調節されます。そしてこれらの機構が依存するのは視床下部や脳幹で、側性化に中心的な役割を果たすと広く考えられている構造ではありません。一方、実際に横たわる向きの左右差が報告されている例は、認知ではなく生理で説明されてきました。乳牛では左側を下にする傾向があり、それは妊娠後期にもっとも強くなること(Tuckerら2009年)、乳房炎の牛でも同様の傾向が見られること(Kikkersら2006年)などです。ここから示唆されるのは、寝る向きを決めている主因はおそらく「快適さ」だという、人間にもなじみ深い結論です。

うちの子は必ず右を下にして寝るので、記事を読んで「うちだけ変なのかな」と思っていました。でも改めて観察したら、いつも寝ているソファの右端は壁側で、左側が部屋に開けているんですよね。猫の脳の話というより、うちの家具の配置の話だったのかもしれません。
飼い主

飼い主にとっての実践的な結論:向きより「いつもと違う」

ここまでの整理を、毎日の暮らしに翻訳します。愛猫がどちら向きに寝ているかを気にする必要は、いまのところありません。左でも右でも、それが健康や性格を示すという根拠は確立していないからです。意味があるのは、その猫にとっての「いつも」からの変化。そしてこちらには、専門家の合意にもとづく手がかりがあります。

痛みは寝姿を変えることがある

2016年にPLoS ONEへ発表されたMerolaとMillsの研究は、猫の医療に詳しい19名の専門家に修正デルファイ法で4ラウンドの意見聴取を行い、80%以上の合意が得られたものを採用する手続きで、「あれば痛みを示すと考えられる」25の行動サインをまとめました。

その25項目には、姿勢に関するものが複数含まれています。うずくまる、立ったり動いたりするときに背を丸めた姿勢、頭を下げた姿勢、体がこわばる、隠れる・トイレの中で横たわる、動きたがらない、全体的な活動量の低下、毛づくろいをしなくなる・逆に過剰になる、跳ぶのを嫌がる、歩き方の異常、目を半分閉じる、耳を伏せる、パンティングなどです。注目したいのは、この25項目に「寝る向きが左右どちらか」は入っていないこと。専門家が合意した痛みのサインは、向きではなく姿勢の質でした。

Merola I, Mills DS「Behavioural Signs of Pain in Cats: An Expert Consensus」PLoS ONE 11巻2号e0150040(2016年)。専門家19名への修正デルファイ法4ラウンドにより、80%の合意を基準として25の「十分な」痛みの行動サインが特定されました。出典:PLoS ONE

シニア猫に多い変形性関節症は、こうした「見逃しやすい痛み」の代表格です。寝床の場所が低いところに変わった、丸まらずに横たわるようになった、寝ている時間が増えたのに寝つきが悪そう、といった変化が最初のサインになることがあります。関節の痛みの見分け方と治療の現在地は

にまとめています。

顔の表情から痛みを見立てるスケール

姿勢と並んで、顔の表情も手がかりになります。モントリオール大学のEvangelistaらが2019年にScientific Reports誌へ発表したFeline Grimace Scale(FGS、猫のしかめ面スケール)は、耳の位置(先端が離れて外向きに回る)、眼の細まり、マズルの緊張(丸い形から楕円に引き伸ばされる)、ひげの位置(前方に動いて顔から離れる)、頭の位置(肩のラインより下がる)の5つを0・1・2で採点します。合計点を最大値で割って0から1の値にし、0.39を超えると鎮痛の介入を検討する目安とされました。公式サイトによれば、FGSは獣医療者だけでなく飼い主も使えるツールとして位置づけられ、スマートフォンアプリも公開されています。ただしこれは急性の痛みを評価するために開発されたもので、点数が低いから問題ないと判断するための道具ではありません。

Evangelista MCほか「Facial expressions of pain in cats: the development and validation of a Feline Grimace Scale」Scientific Reports 9巻19128(2019年)。痛みのある飼い猫35頭と対照20頭の計55頭から撮った110枚を盲検化した4名が採点し、0.39というカットオフ値の感度は90.7%、特異度は86.6%と報告されています。出典:PMC(Scientific Reports)

「横になりたがらない」は急ぐサイン

寝姿の変化のなかで、もっとも急を要するのが呼吸に関わるものです。英国のLangford Vets(The Feline Centre)が公開している呼吸困難の猫のトリアージ資料は、起座呼吸(orthopnoea)を「呼吸を助けるために立位または胸骨位をとること」と定義しています。そして、呼吸の状態が進行すると動物は換気を最大化するための姿勢努力をとるようになると説明します。具体的には、頭と首を伸ばす、肘を外側に開いた胸骨位(伏せた姿勢)をとる、そして横向きに寝転がることを嫌がる、という3点です。呼吸の疲労が急速に進行しうること、猫の呼吸困難は開口呼吸として現れることが多いことも記されています。

Angie Hibbert(欧州獣医内科専門医・RCVS認定猫医療専門医)「Triage of the dyspnoeic cat: is your practice prepared?」(The Feline Centre, Langford Vets)。進行すると換気を最大化する姿勢努力(頭と首の伸展、肘を外転させた胸骨位)をとって横臥を嫌がるようになること、呼吸疲労が急速に進行しうることが記載されています。出典:Langford Vets

つまり、いつもは横になって寝ていた猫が、伏せたまま頭を上げてじっとしている、肘を張っている、横になろうとしてもすぐ起き上がる、口を開けて呼吸している。こうした変化は、寝る向きどころではない緊急のサインとして扱われます。心臓の病気でも同じことが起こりえます。MSDマニュアルは、猫の心不全でもっとも一般的なサインは呼吸困難であり、呼吸数の増加、食欲の低下、運動をいやがるといった様子が見られること、犬と違って猫は咳をすることがずっと少ないことを説明しています。そして、獣医師が飼い主に、猫が眠っているか休んでいるとき(ゴロゴロ言っていないとき)の1分間の呼吸数を数えるよう頼むことがある、とも書かれています。

MSDマニュアル家庭版(動物編)の猫の心不全の項。心拍出量の低下で肉球や耳が冷たくなり体温が下がりうること、飼い主が猫の睡眠時・安静時の呼吸数(ゴロゴロ言っていないとき)を1分間数えるよう求められることがあることも説明されています。出典:MSD Veterinary Manual

この「眠っているときの呼吸数」は、家庭でできるもっとも実用的な健康の物差しのひとつです。数え方、目安として報告されている値の幅、当てにならない測定条件については

で詳しくまとめています。

寝姿を「記録」に変える1週間

向きは気にしなくていい。でも変化には気づきたい。そのために有効なのが、判断ではなく記録から始めることです。

  1. 1

    まず「いつも」を3〜5日ぶんためる

    寝ている愛猫の写真か短い動画を、1日1〜2回、同じくらいの時間帯に撮ります。判断はしません。目的は、その子の平常のレパートリーを手元に持つことです。
  2. 2

    場所と姿勢をひとことメモする

    「窓辺のクッション・横向き・丸まっている」のように、場所と姿勢の型だけをメモします。左右は書いても書かなくてもかまいません。
  3. 3

    眠っているときの呼吸数を数える

    本当に眠っていてゴロゴロ言っていないときに、胸やおなかの上下を30秒数えて2倍します。数日ぶんためると、その子の平常値が見えてきます。
  4. 4

    週に1回、並べて見返す

    寝床の場所が変わっていないか、丸まらなくなっていないか、頭の位置が下がっていないかを見ます。1枚ずつでは気づけない変化が、並べると見えることがあります。
  5. 5

    変化に気づいたら数字と映像を持って相談する

    「なんとなく元気がない」より、「先週まで平均24回だった睡眠時の呼吸数が、3日続けて34回です」のほうが、動物病院で伝わります。

寝姿を見るときのチェック項目(向きではなくこちらを見る)

  • いつもの寝床を使わなくなった、あるいは急に低い場所ばかりを選ぶようになった
  • 横になって寝ていたのに、伏せたまま頭を上げてじっとしていることが増えた
  • 丸まった姿勢(香箱・丸くなる)をとらなくなった、または逆にずっと丸まって固まっている
  • 肘を外側に張って、首を伸ばした姿勢をとっている
  • 口を開けて呼吸している(遊んだ直後や暑いとき以外で)
  • 眠っているときの呼吸数が、その子の平常値より2割以上高い状態が続いている
  • 隠れて出てこない、トイレの中で横たわっているなど、ふだんない場所での休息が増えた
  • 毛づくろいをしなくなった、または同じ場所ばかりなめている
  • 起き上がるとき、寝床に上がるときに、ためらう・失敗する

注意

とくに次のような様子があるときは、様子見をせずにすぐ動物病院へ連絡してください。安静時に口を開けて呼吸している、伏せた姿勢のまま横になれない、首を伸ばして肘を張った姿勢で呼吸している、呼吸が速く浅い状態が続いている、舌や歯ぐきの色が青白い・紫がかっている。猫の呼吸の異常は短時間で悪化することがあり、移動そのものが負担になる場合もあるため、連れて行く前に電話で状況を伝えて指示を仰ぐのが安全です。これらは家庭で原因を判断できるものではありません。

寝ている時間が長いこと自体は、猫では正常です。1日の平均的な睡眠時間と、そのなかで「よく寝るけれど大丈夫か」を見分ける視点は

で、寝姿以外のしぐさ全般の読み取り方は

あわせて読みたい

猫の気持ちの読み方|しっぽ・耳・目・ゴロゴロ・スリスリが表すサイン

で扱っています。

この一件から学べる、科学記事の読み方

今回の経緯は、動物行動の研究ニュースをどう受け取るかの、よい教材になっています。まず、「一流誌に載った」は「確定した」を意味しません。むしろ短報や話題性の高い報告ほど、追試で揺れます。今回は有名誌の2ページの短報に対して、別の研究者が3系統のデータで検証し、逆の結論を出しました。どちらが最終的に正しいかは、さらなる研究を待つしかありません。Cooke氏自身、今後は加速度センサーやコンピュータビジョンによる姿勢・向きの自動解析といった、より頑健な方法を使うべきだと提案しています。

次に、正誤表や訂正は「その論文がダメだった証拠」ではありません。外部の研究者が問い合わせ、著者がデータを再点検し、雑誌が訂正を載せ、批判側の論文が謝辞で相手に礼を述べる。今回はその流れがすべて公開されており、科学が本来の形で回った例と言えます。

そして、統計と解釈は別ものです。Cooke氏の批判のうち重い部分は、数字ではなく解釈に向けられていました。仮に左向きが多かったとしても、SNSの第三者観察から「脅威処理のためだ」と言い切ることはできない、という指摘です。同氏は、実験的に統制された研究ですら行動の非対称性を特定の認知的・情動的メカニズムに結びつけるのは難しく、確証バイアスが入りやすいことが側性化研究の文献で繰り返し指摘されていると述べています。数えられるのは「どちらを向いていたか」であって、「なぜそうしたか」ではありません。エビデンスの現在地を確かめながら説や製品を評価する読み方は、猫のフェロモン製品を扱った

でも同じ形で試みています。

ヒント

猫に関する新しい研究のニュースを読むときの3つの質問。(1)何匹を、何回ずつ観察したか。(2)材料はどこから来たか(実験室・家庭・SNS)。(3)著者自身がどんな限界を書いているか。この3つを探すだけで、見出しに引きずられにくくなります。
結局、猫は左を下にして寝るのですか?
現時点では決着していません。2025年のCurrent Biology論文は、訂正後の301本でも左192匹(63.8%)対右109匹(36.2%)で有意な左向きの偏りがあると報告しています。一方、2026年にLaterality誌へ発表された再検証は、YouTube動画123本、Reddit画像494枚、Instagramの60個体のいずれでも50対50から有意差がなかったと報告しました。どちらもSNSの投稿を材料にしている点は共通の弱点で、より頑健な方法での検証が必要とされています。愛猫がどちら向きで寝ていても、そこから健康や性格を読み取れるという根拠は確立していません。
正誤表が出た論文は、信用してはいけないということですか?
そうではありません。正誤表は、指摘を受けて著者がデータを再点検し、経緯を公開の場で説明した記録です。今回は選定基準に合わない動画107本を除外したうえで再解析し、結論は変わらないと報告されています。むしろ指摘されているのは、なぜ不整合が生じたのかという原因が特定されていないため、残る不正確さの程度を外から見積もれない点です。論文を読むときは、初出の記事だけでなく、その後に訂正やコメントが付いていないかを確認する習慣が役に立ちます。
うちの猫はいつも同じ向きで寝ます。何か意味がありますか?
多くの場合は、寝床の位置や部屋の作りといった環境の要因で説明できると考えられます。2026年の再検証でも、Instagramの60匹のうち統計的に左に偏っていると言える猫は2匹、右は4匹だけでした。同じ論文は、猫にはお気に入りの場所があり、そこでは同じ向きで寝る傾向がありうるため、場所の重複が結果に影響する可能性を限界として挙げています。ただし、これまで横向きに寝ていた子が急に伏せたまま横になれなくなった、といった変化が続く場合は動物病院に相談してください。
寝姿から病気を見つけることはできますか?
寝姿だけで病気を診断することはできませんが、変化に気づくきっかけにはなります。2016年の専門家合意による猫の痛みのサイン25項目には、うずくまる、背を丸めた姿勢、頭を下げた姿勢、体のこわばり、隠れる・トイレの中で横たわる、動きたがらない、活動量の低下などが含まれています。また呼吸に問題があるときには、頭と首を伸ばし、肘を外側に開いた伏せの姿勢をとり、横になりたがらなくなることが獣医療の資料で説明されています。気づいたら、写真や動画と睡眠時の呼吸数の記録を持って動物病院に相談してください。

まとめ

「猫は左を下にして寝る」という話は、2025年6月にCurrent Biologyへ載った2ページの短報から始まりました。YouTubeの動画で猫の約3分の2が左向きに眠っていた、それは脅威処理に優れた右半球をすぐ働かせるためかもしれない、という内容です。しかし2025年10月、この論文には正誤表が出ています。10秒未満の動画、個体の重複が疑われる動画、人の関与がある動画など107本が除外され、301本での再解析になりました(著者らは左192匹対右109匹で結論は変わらないとしています)。そして2026年、この訂正を促した研究者がYouTube・Reddit・Instagramの3系統で調べ直したところ、どの入口でも50対50から有意差は出ませんでした。個体ごとに複数枚を見たInstagramの分析でも、はっきり偏っている猫は60匹中6匹だけでした。争点は左右の見分けではなく研究デザインにあり、1匹1回の観察では好みを測れないこと、SNSには人が選んで撮り投稿する段階での偏りが入りうることなど、両方の研究に共通する弱点が残っています。

飼い主にとっての実用的な結論は、拍子抜けするほど地味です。寝る向きは気にしなくてよい。代わりに、その子の「いつも」を知っておくこと。うずくまる、背を丸める、頭を下げたまま、横になりたがらない、いつもの寝床を使わなくなる。専門家が合意した痛みのサインや、呼吸困難の姿勢の説明に並ぶのは、こうした変化のほうです。寝姿は診断の道具ではありませんが、変化に気づくための入口にはなります。気になる変化が続くときは、写真や動画と睡眠時の呼吸数の記録を持って、かかりつけの動物病院に相談してください。

出典・参考

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