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猫の尿は「においの名刺」かもしれない|岩手大学らが見つけた分岐鎖脂肪酸とフレーメン反応

対象の目安: 全ライフステージ

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猫の尿は「においの名刺」かもしれない|岩手大学らが見つけた分岐鎖脂肪酸とフレーメン反応

洗濯物のにおいを嗅いだあと、口を半開きにして、ぽかんとした「へんな顔」で固まる。よその猫が来たあとの玄関先でも、同じ顔をすることがあります。あれは何かに驚いているのでも、においがくさくて呆れているのでもありません。フレーメン反応と呼ばれる、においの情報をもっと詳しく調べるための行動です。

2026年8月20日、岩手大学を中心とする日本・ドイツ・スペインの国際共同研究グループが、まさにこの「あの顔」を手がかりに、猫の尿に「誰のものか」という情報が安定して残るしくみの一端を明らかにしたと発表しました。鍵になっていたのは、分岐鎖脂肪酸という特殊な脂肪酸と、100年以上前から知られながら役割が分からなかった腎臓の脂肪滴です。この記事では、その発表の中身を一次資料から丁寧に読み解いたうえで、基礎研究の成果を私たちの暮らしにどう受け止めればいいのかまで整理します。

そもそも「あの顔」は何をしているのか

猫が何かのにおいを嗅いだあと、口を半開きにして上唇を持ち上げ、ぼんやりとした表情を見せることがあります。今回のプレスリリースでは、この表情がフレーメン反応と呼ばれ、ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ゾウなどにも見られること、猫を含むこれらの動物ではオスが発情したメスの尿を嗅いだ際によく起こり、性フェロモンなどを「鋤鼻器」と呼ばれる嗅覚器官に取り込む行動と考えられていることが説明されています。

フレーメン反応が口を半開きにして上唇を持ち上げぼんやりとした表情を見せる行動であること、ウマ・ウシ・ヒツジ・ヤギ・ゾウなどにも見られること、オスが発情したメスの尿を嗅いだ際によく起こり性フェロモンなどを鋤鼻器に取り込む行動と考えられていることについて。岩手大学プレスリリース(令和8年8月20日)より。

鋤鼻器はヤコブソン器官とも呼ばれます。International Cat Careの解説では、猫はコミュニケーションに使う化学物質を検出するために2つの系統を発達させてきたとされ、においや香りを検出する嗅覚系は鼻に、フェロモンを検出する鋤鼻器(ヤコブソン器官)は硬口蓋(口の中の上あご)にあると説明されています。

獣医師が執筆したPetMDの解説では、そのしくみがもう少し具体的に述べられています。切歯のすぐ後ろにある口の中の開口部から管を通じて、においが直接、鋤鼻器へ送られるという流れです。オスがメスの尿を嗅いで交配の準備状態を評価する場面が最もよく知られていますが、尿だけでなく、汚れた衣類、肛門腺の分泌物、他の猫の顔のフェロモン、その他の興味深い新しいにおいに対しても起こるとされています。

切歯のすぐ後ろにある口の中の開口部から管を通じてにおいが鋤鼻器へ送られること、オスがメスの尿を嗅いで交配の準備状態を評価する場面のほか、汚れた衣類・肛門腺の分泌物・他の猫の顔のフェロモンなどにもフレーメン反応が見られることについて。獣医師Krista Seraydar氏が執筆したPetMD「What Is the Flehmen Response in Cats?」より。

メモ

つまりフレーメン反応は「不快」の表情ではなく、鼻で嗅ぐだけでは足りない情報を、もう一つの感覚器でじっくり読み取っている最中の顔です。洗濯物や靴下、帰宅した家族の手のにおいでこの顔をしても、心配する必要はありません。しぐさ全般の読み取り方は

でまとめています。

猫にとって、尿は「掲示板」だった

猫は極めて発達した嗅覚を持ち、コミュニケーションに広く使っています。International Cat Careは、においやフェロモンによる化学的なシグナルは非常に特異的で、長く残り、遠くまで広がりうると説明しています。だからこそ、においとフェロモンによるやりとりは、猫が縄張りを確認したり、コロニーで暮らすときに「友好的な相手」を見分けたりするうえで欠かせないとされています。

尿と糞はその代表的な発信源です。同解説では、猫は縄張りの内側では糞を埋めることが多い一方、縄張りの端や境界では埋めずに残して他の猫に印を残しやすいこと、排尿や尿スプレーも縄張りを示す手段になりうること、そして健康状態や避妊していないメスの性的受容性といった別の情報も運びうることが述べられています。

猫が嗅覚系(鼻)と鋤鼻器(硬口蓋)の2つの化学物質検出系を持つこと、化学シグナルが非常に特異的で長く残り遠くまで広がりうること、縄張りや友好的な個体の識別に不可欠であること、糞を縄張りの境界では埋めずに残すことがあること、排尿や尿スプレーが縄張りの表示や健康状態・性的受容性の情報を運びうること、あご下・口の脇や頬・額の側面・尾の付け根などに分泌腺が多いこと、猫同士がこすり合うことでにおいを交換すること、物への頭のこすりつけをバンティングと呼ぶことについて。International Cat Care「Cat Communication」より。

VCA Animal Hospitals(獣医行動学専門医らが執筆)の解説でも、尿マーキングはコミュニケーションを目的とした排尿だと定義され、マーキングの際にフェロモンと呼ばれる化学物質が置かれること、足・頬・あご・頭のてっぺん・尾の付け根に分泌腺があることが説明されています。

ここで浮かぶのが素朴な疑問です。においは時間がたてば飛んでいってしまうのに、どうして「誰のものか」という情報が残り続けるのでしょうか。今回の研究は、まさにこの問いに答えようとしたものです。

2026年8月・岩手大学らが見つけた「においの名刺」

研究グループは、フレーメン反応を指標にして尿中の成分を絞り込むという方法をとりました。プレスリリースによれば、自分の尿より未知の猫の尿でフレーメンが多く起こり、同じ尿を繰り返すと減少することが確認され、この行動を手がかりに尿中成分を調べたところ、特定の脂質成分がフレーメンを引き起こすことが分かったとされています。

項目内容
発表岩手大学・令和8年(2026年)8月20日
研究グループ岩手大学を中心とする日本・ドイツ・スペインの国際共同研究グループ
主な研究者岩手大学の宮崎雅雄教授(責任著者)、市沢翔太大学院生、ブラウンシュヴァイク工科大学のStefan Schulz教授、Jana Caspers博士ら
論文題目Signatures of branched-chain fatty acids derived from a kidney reservoir confer stable chemical individuality on domestic cats
掲載誌Current Biology(Cell Press)
公開令和8年8月20日午前0時(日本時間)に電子版で公開
DOI10.1016/j.cub.2026.07.045

共同研究グループには、岩手大学(宮崎雅雄、市沢翔太、上野山怜子、伊藤優梨亜、宮崎珠子、山下哲郎)、ドイツのブラウンシュヴァイク工科大学(Stefan Schulz、Jana Caspers)、日本大学(井上菜穂子、鈴木佑典、森笹瑞季)、北九州市立自然史・歴史博物館(中西希)、鹿児島大学(遠藤泰之)、琉球大学(伊澤雅子)、スペインのコルドバ大学(Guadalupe Gómez-Baena、Beatriz Ortiz-Guisado、Elisa María Espinosa-López)が名を連ねています。市沢翔太氏とJana Caspers氏は同等に貢献した共同筆頭著者です。

見つかったのは13種類の分岐鎖脂肪酸

プレスリリースの詳しい解説部分では、猫の尿から、炭素鎖が枝分かれした特殊な「分岐鎖脂肪酸」を13種類発見したと明記されています(概要部分では「十数種類」と表現されています)。その種類と比率は個体ごとに異なる一方で、同じ個体では採尿日が違っても比較的安定していました。研究グループは、複数の分岐鎖脂肪酸の組み合わせが個体特有の「においの名刺」を作っていると考えられる、と説明しています。

「1種類の物質が個体を表す」のではなく、「複数の物質の配合比がその子らしさを作る」という発想です。香水の調香や、指紋のパターンを思い浮かべると近いかもしれません。

半揮発性だから、時間がたっても情報が残る

なぜ時間がたっても個体情報が残るのか。プレスリリースは、一般的なにおい成分は時間とともに蒸発するのに対し、分岐鎖脂肪酸は比較的ゆっくり蒸発する「半揮発性」の物質だと説明しています。実際に、尿を25度で24時間置いても、その組成には個体ごとの特徴が比較的よく残っていたとされ、環境中に残された尿に個体情報を長く保持する役割を担っている可能性が指摘されています。

猫は本当に「組成の違い」を嗅ぎ分けていた

物質が見つかっただけでは、猫がそれを手がかりにしている証拠にはなりません。そこで行われたのが、分岐鎖脂肪酸以外の尿中脂質を同じ条件にそろえ、分岐鎖脂肪酸だけを別の個体由来のものに替える行動試験です。すると、一度慣れていた猫が再び長く嗅ぎました。つまり猫は、個体ごとに異なる分岐鎖脂肪酸の組成の違いを実際に嗅ぎ分けられることが示されました。

なお、これに先立って行われた尿そのものを使った試験では、同じ個体の尿を繰り返し提示すると猫が嗅ぐ時間は次第に短くなり、別の個体の尿に替えると再び長く嗅いだこと、以前に嗅いだ尿臭への慣れは月単位の間隔を空けても見られたことが報告されています。猫は尿臭の違いを嗅ぎ分けるだけでなく、そのにおいを長期間記憶している可能性がある、というのが研究グループの解釈です。

尿から13種類の分岐鎖脂肪酸を発見したこと(概要では十数種類と表現)、種類と比率が個体ごとに異なり同じ個体では採尿日が違っても比較的安定していたこと、分岐鎖脂肪酸が半揮発性で25度で24時間置いても個体ごとの特徴が比較的よく残ったこと、分岐鎖脂肪酸だけを別個体由来に替える行動試験で猫が再び長く嗅いだこと、同一個体の尿の反復提示で嗅ぐ時間が短くなり別個体に替えると再び長く嗅いだこと、慣れが月単位の間隔を空けても見られたこと、自分の尿より未知の猫の尿でフレーメンが多く起こったことについて。岩手大学プレスリリース(令和8年8月20日)より。

ヒント

報道でも同じ数字が確認できます。時事通信は、岩手大の宮崎雅雄教授らがフレーメン反応に注目し、尿から半揮発性の分岐鎖脂肪酸を13種類発見して、種類と比率が個体ごとに異なることを明らかにしたと伝えています。半揮発性で消えるまで時間がかかるため、尿をした跡に個体情報が長く残されるという説明です。

100年越しの謎、腎臓の脂肪滴が「貯蔵庫」だった

今回の発表でもう一つ大きいのが、体内側のしくみです。体内を調べると、分岐鎖脂肪酸は腎臓で検出され、腎臓皮質の細胞内にある「脂肪滴」に脂質として蓄積していました。

猫の腎臓に多くの脂肪滴があること自体は100年以上前から知られていましたが、その役割は不明のままでした。今回の研究から、この脂肪滴が分岐鎖脂肪酸の「貯蔵庫」として働き、個体特有の組成を安定して尿へ供給している可能性が浮かび上がった、とされています。

分岐鎖脂肪酸が腎臓で検出され腎臓皮質の細胞内の脂肪滴に脂質として蓄積していたこと、猫の腎臓に多くの脂肪滴があることは100年以上前から知られていたが役割は不明だったこと、この脂肪滴が貯蔵庫として働き個体特有の組成を安定して尿へ供給している可能性が浮かび上がったことについて。岩手大学プレスリリース(令和8年8月20日)より。

「毎日の尿の成分が、その子らしさを保ったまま出続ける」ためには、材料をためておく場所が必要です。腎臓のなかにその答えらしきものがあった、という筋書きになります。

ライオンやトラ、イリオモテヤマネコでも

この特徴はイエネコだけのものではありませんでした。プレスリリースによれば、ライオン、トラ、ヒョウ、ジャガー、オオヤマネコ、イリオモテヤマネコなどでも、関連する尿成分や腎臓の脂肪滴が確認されています。一方で、その組成や脂肪滴の量には種による違いがあり、こうした特徴はネコ科動物に広く存在しながら、進化の過程で多様化してきた可能性があると述べられています。

ライオン・トラ・ヒョウ・ジャガー・オオヤマネコ・イリオモテヤマネコなどでも関連する尿成分や腎臓の脂肪滴が確認されたこと、組成や脂肪滴の量には種による違いがあり進化の過程で多様化してきた可能性があることについて。岩手大学プレスリリース(令和8年8月20日)より。

何が新しくて、何がまだ分かっていないのか

研究グループ自身が、この研究のポイントを整理しています。珍しい脂肪酸を発見したことだけが新しいのではなく、「時間とともに変化するにおいが、どうやって安定した個体情報を伝えるのか」という問いに対して、個体特有の分岐鎖脂肪酸の組成と、それを腎臓の脂肪滴に蓄えるしくみを結び付けて示した点にある、という説明です。またネコでは、マウスなどとは異なる「においの名刺」のしくみが存在する可能性が示されたとも述べられています。

一方で、これはあくまで基礎研究です。プレスリリースは、本研究が基礎研究であるとしたうえで、将来的な応用として次の3つを挙げています。

  • 分岐鎖脂肪酸を標的とした猫の尿臭の制御
  • 腎臓の脂肪滴を手がかりとした、生理的な脂質蓄積と病的な脂質蓄積の違いの理解
  • 尿中の分岐鎖脂肪酸を利用した、希少ネコ科動物の非侵襲的な個体識別・モニタリングへの応用

注意

いずれも「将来的に期待される応用」であり、現時点で家庭の困りごとを直接解決する製品や治療が登場したわけではありません。「この研究をもとに作られた」とうたう消臭剤やサプリメントの類があれば、いったん立ち止まって出典を確かめてください。また、腎臓の脂肪滴の話は健康な猫の体のしくみについての知見であり、腎臓病の診断や治療に関する情報ではありません。腎臓の数値や飲水量が気になるときは、自己判断せず動物病院に相談してください。

本研究のポイントが「時間とともに変化するにおいがどうやって安定した個体情報を伝えるのか」という問いに対し個体特有の分岐鎖脂肪酸の組成と腎臓の脂肪滴に蓄える仕組みを結び付けて示した点にあること、ネコではマウスなどとは異なる仕組みが存在する可能性が示されたこと、本研究が基礎研究であり将来的な応用として尿臭の制御・脂質蓄積の理解・希少ネコ科動物のモニタリングの3つが考えられることについて。岩手大学プレスリリース(令和8年8月20日)より。

暮らしの場面に、どうつなげて考えるか

研究そのものは基礎研究ですが、「猫にとって尿のにおいは個体を示す情報である」という土台は、日々の困りごとを見る目を確実に変えてくれます。ここからは、既存の獣医療情報とあわせて、家庭でできる整理をしていきます。

スプレーは「悪さ」ではなく発信

International Cat Careは、尿スプレーを成猫が行う縄張りのマーキング行動の一形態と位置づけています。猫同士が物理的に近づかなくてもやりとりできるようにし、縄張りのなかで動きを調整する、いわば「時間差利用(タイムシェアリング)」を可能にして、けがにつながる争いを避けるのに役立っていると考えられるという説明です。同時に、尿スプレーは猫の情動の状態も映すとされ、屋外で茂みや柵にスプレーするのは普通のことでも、室内でスプレーを始めたなら、それは猫が安心できておらず、何かにストレスを感じているサインだとされています。

「においの名刺」という今回の知見を重ねると、スプレーは飼い主への嫌がらせではなく、「ここに私がいる」という情報の掲示だと理解しやすくなります。だからこそ、叱ることは解決になりません(VCAは、罰は恐怖を生み、猫の信頼を永続的に損ないうるため避けるべきだとしています)。具体的な対処や掃除の方法は

で詳しく扱っています。

注意

International Cat Careは、猫が室内でスプレーを始めたら、まず動物病院に連絡することを勧めています。猫下部尿路疾患や慢性腎臓病といった医学的な原因を除外する必要があるためで、獣医師が尿検査を提案することもあります。VCAの解説でも、トイレの外での排尿や排便が続く場合は獣医師の診察を受けるべきサインだとされています。行動の問題と決めつける前に、まず体の確認を。

尿スプレーが成猫の縄張りマーキング行動の一形態であること、猫同士が物理的に近づかずにやりとりし縄張り内で動きを調整する「時間差利用」を可能にして争いを避けるのに役立つと考えられること、室内でスプレーが始まったらまず動物病院に連絡し、猫下部尿路疾患や慢性腎臓病といった医学的原因を除外する必要があることについて。International Cat Care「Urine spraying in cats」より。

においを消しすぎない、消したいところは徹底的に

「名刺」の話は、消臭についてのバランス感覚にもつながります。猫は頬やあご、額の側面、尾の付け根などの分泌腺を使い、体をこすりつけて自分のにおいを置いていきます(International Cat Careは頭をこすりつける行動をバンティングと呼び、縄張りの中心部で見られ、安心感や友好的な交流と結びついているようだと説明しています)。家じゅうを毎日アルコールで拭き上げてしまうと、猫が置いた「安心の目印」まで消えてしまいます。

一方で、スプレーされた場所のにおいは残せば残すほど同じ場所を繰り返しやすくなります。消すべき場所と、残しておいてよい場所を分けて考えるのが現実的です。

においとの付き合い方の整理

  • 粗相・スプレーの跡は速やかに、ペット用の酵素系クリーナーなどで徹底的に処理する
  • 猫がふだん顔をこすりつけている柱・家具の角・キャリーは、においを残す場所として温存する
  • 大掃除や模様替えでは、猫のにおいがついた寝床やタオルを全部いっぺんに洗わず、1つは残す
  • 新しい家具やカーペットを入れた日は、猫が念入りに嗅ぐ時間を邪魔しない
  • 芳香剤やアロマは強く焚かない(猫にとっては、もともとそこにあったにおいの情報が読めなくなる)

多頭飼いの「相性」も、においの問題として見る

International Cat Careは、去勢避妊済みの猫では約10パーセントのオスと約5パーセントのメスが尿スプレーをするとしたうえで、その可能性は世帯内の猫の頭数に正比例して高まると説明しています。猫が増えるほど空間や資源をめぐる競合が増え、社会的なストレスが高まりやすいためです。VCAの解説でも、去勢・避妊は尿のにおいを変え、スプレーの動機を減らしうるが、去勢したオスの約10パーセント、避妊したメスの約5パーセントはスプレーを続けるとされています。

去勢避妊済みの猫でも約10パーセントのオスと約5パーセントのメスが尿スプレーをすること、その可能性が世帯内の猫の頭数に正比例して高まること、去勢・避妊が尿のにおいと行動を変えうること、トイレの外での排尿・排便が続く場合は獣医師の診察を受けるべきことについて。VCA Animal Hospitals「Cat Behavior Problems - Marking and Spraying Behavior」より。

頭数が増えるほど、家のなかは「名刺」が交錯する場所になります。喧嘩や不仲が続くときの環境の整え方は

にまとめました。

病院帰りの猫が、突然「知らない猫」になる理由

多頭飼いでよく起こるのが、動物病院から帰ってきた猫が、留守番していた猫に威嚇されるという現象です。IAABC Foundation Journalの解説(行動コンサルタントの経験と、著者自身が「サンプル数30は信頼できる結論を導くには少なすぎる」と断っている非公式調査に基づく整理)では、これは非認識攻撃(non-recognition aggression)と呼ばれ、一方の猫がしばらく家の外で過ごしたあと、家に残っていた猫から見知らぬ相手や脅威として扱われることで起こるとされています。原因として挙げられているのが、まさににおいです。群れとしての共通のにおいが失われること、消毒薬・アルコール・ヨード・麻酔ガスといった病院のにおい、グルーミング製品のにおい、ストレスや恐怖のにおいが、帰ってきた猫本来のにおいを覆い隠してしまうという説明です。

対処としては、いったん猫たちを分けて再導入すること、家に残っていた猫のにおいがついたもので帰宅した猫をこすること、バリア越しのおやつやにおいの交換を行うこと、合流させるときはよく見守ることが挙げられています。

非認識攻撃(non-recognition aggression)が、一方の猫が家の外で時間を過ごしたあと家に残っていた猫から見知らぬ相手や脅威と見なされることで起こること、病院のにおい(消毒薬・アルコール・ヨード・麻酔ガス)やグルーミング製品のにおい、ストレス・恐怖のにおいが要因になること、対処として分離と再導入・家の猫のにおいをこすりつけること・においの交換やバリア越しのおやつ・合流時の見守りが挙げられることについて。The IAABC Foundation Journal(Allison Hunter-Frederick、Issue 26、2023年2月)より。

2匹のうち1匹だけワクチンに連れて行った日、帰ってきた途端にもう1匹がシャーッと威嚇して驚きました。無理に会わせず半日部屋を分けて、家にいた子が寝ていた毛布で軽くなでてから合流させたら、翌日には元通りに。においの問題だと知っていれば慌てずに済んだと思います。

「同じにおいの繰り返し」は飽きにもつながる

同じ岩手大学の研究グループは、2026年4月に、猫が同じ餌を繰り返すと摂食量が下がり、匂いだけを変えると回復することを実験で示した研究も発表しています。においが個体の識別だけでなく、食事のモチベーションにも関わっているという話です。食が細るときの考え方は

で整理しています。

同じ餌を続けると匂いへの慣れ(嗅覚順応)が起こって摂食量が下がり、餌の匂いを変えると再び食べるようになることについて。岩手大学「ネコがごはんを残す理由を解明 ―同じ餌でも匂いを変えると再び食べる―」(2026年4月)より。

よくある質問

猫が洗濯物や靴下のにおいでへんな顔をします。異常ですか?
フレーメン反応と呼ばれる正常な行動です。岩手大学のプレスリリースでは、口を半開きにして上唇を持ち上げる表情で、性フェロモンなどを鋤鼻器という嗅覚器官に取り込む行動と考えられていると説明されています。PetMDの解説では、尿だけでなく汚れた衣類や他の猫の顔のフェロモン、その他の興味深い新しいにおいでも起こるとされています。嫌がっているわけではないので、そっと嗅がせてあげてください。
今回の研究で、猫の尿のにおいを消せるようになるのですか?
現時点ではまだです。岩手大学のプレスリリースは、本研究が基礎研究であるとしたうえで、将来的な応用の一つとして分岐鎖脂肪酸を標的とした猫の尿臭の制御を挙げています。あくまで今後の可能性として示された段階で、この研究をもとにした製品が出ているわけではありません。
腎臓に脂肪滴があると聞いて心配になりました。病気ですか?
今回の発表で扱われているのは、健康な猫の腎臓にもともと見られる脂肪滴です。プレスリリースでは、猫の腎臓に多くの脂肪滴があることは100年以上前から知られていたが役割が不明だったとされ、今回それが分岐鎖脂肪酸の貯蔵庫として働く可能性が示されました。腎臓病の話ではありません。健診の数値や飲水量、尿量の変化が気になるときは、自己判断せず動物病院にご相談ください。
猫は他の猫のにおいをどのくらい覚えていますか?
岩手大学のプレスリリースでは、同じ個体の尿を繰り返し提示すると嗅ぐ時間が次第に短くなり、別の個体の尿に替えると再び長く嗅いだこと、以前に嗅いだ尿臭への慣れが月単位の間隔を空けても見られたことが報告されています。ここから、猫は尿臭の違いを嗅ぎ分け、そのにおいを長期間記憶している可能性が示されたと説明されています。
消臭剤で家じゅうのにおいを消したほうが、猫は快適になりますか?
消しすぎは逆効果になりえます。International Cat Careは、においとフェロモンによるやりとりが縄張りの確認や友好的な個体の識別に不可欠だと説明しており、猫は頬やあご、尾の付け根などの分泌腺を使って自分のにおいを置いています。粗相やスプレーの跡はしっかり処理し、猫がふだん顔をこすりつけている場所のにおいは残す、という使い分けがおすすめです。

まとめ

猫が口を半開きにして見せる「あの顔」は、においの情報を鋤鼻器でじっくり読み取っている最中の表情でした。2026年8月20日、岩手大学を中心とする日本・ドイツ・スペインの国際共同研究グループは、その行動を手がかりに猫の尿から13種類の分岐鎖脂肪酸を見つけ出し、その種類と比率が個体ごとに異なること、採尿日が違っても25度で24時間置いても比較的安定していること、そして猫が実際にその組成の違いを嗅ぎ分けられることを示しました。さらに、分岐鎖脂肪酸を含む脂質が腎臓皮質の脂肪滴に蓄積していることを発見し、100年以上前から知られながら役割不明だった脂肪滴が「においの名刺」の貯蔵庫として働く可能性を示しています。

これは基礎研究であり、明日から使える道具が増えたわけではありません。それでも、猫の尿を「粗相」や「におい」としてだけでなく、「その子が誰であるかを伝える情報」として見直すきっかけにはなります。スプレーは嫌がらせではなく発信であること、消したいにおいと残したいにおいがあること、病院帰りに関係が崩れるのはにおいの問題であること。そう捉え直すだけで、叱る以外の選択肢がずいぶん増えます。気になる排尿の変化や体調のサインがあるときは、行動の問題と決めつけずに動物病院へ相談しながら、猫が置いていく小さな名刺を尊重してあげてください。

出典・参考

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